行っても行けなくても「旅の本」を自由に楽しもう!

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出版社勤務を経て、ライターに。『MORE』『COSMOPOLITAN』『MAQUIA』でブックスコラムを担当したのち、現在『eclat』『青春と読書』などで書評や著者インタビューを手がける。

しばらく続いた忙しさがひと段落つき、「どこか旅に行きたいな。10日間くらい海外とか?」とぼんやり考えているうちにまた予定が入り始めて先送りに……というのが私の“あるある”ですが、一度かき立てられた旅ゴコロは簡単には消えないもの。

 

 

すると自然に、書店で選ぶ本が旅をテーマにした小説やエッセイになったりします。

 

 

『短編伝説 旅路はるか』は、今年最初の旅願望がやっぱり実現に向かわなかったとき、「せめて」と手に取った文庫本。「旅」をキーワードに16人の書き手の作品を1編ずつ集めたアンソロジーですが、読後いろいろな感情がわいてきて、心が耕されたというか豊かになったというか。

 

 

「旅には行けなくてもそれはそれでいいことが!」と、ちょっとうれしくなりました。

 

書評_photo

『短編伝説 旅路はるか』 五木寛之、井上ひさし、角田光代、川端康成、宮本輝、群ようこ、夢野久作、夢枕獏ほか 集英社文庫 ¥840(税別) ご近所であれ宇宙であれ“ここではないどこか”に行って、日常とは違う何かを感じとればそれは旅。16編を集めたアンソロジーの中には、文字通りの距離ではなく心の距離が描かれた山本文緒著『過剰愛情失調症』も

 

 

わいてきた感情のひとつが、なつかしさ。

 

 

森瑤子さん、景山民夫さん、星新一さん、西村寿行さん……この4人の小説を読んだのは何年振りだったでしょうか。それぞれの個性を「そうだった!」と思い出しただけでなく、時間を経ていたことでそれらがより鮮やかに見えた印象も。

 

 

たとえば、森瑤子さんの「エアポートは、雨」からは、愛し合う男女のどうしようもない溝が。
景山民夫さんの「税関にて」からは、男のやんちゃさやニヒルさが。
星新一さんの「不満」からは、話のオチの唖然とするほどの見事さが。
西村寿行さんの「まぼろしの川」からは、さくさく読める文体の快感が。

 

 

手に取りやすい文庫でなければ、そしてアンソロジーでなければ、彼らと再会しにくかったかも!?という気もします。

 

 

そしてもうひとつのわいてきた感情が、小説の細部から自分の経験がよみがえってくる面白さ。

 

 

唯川恵さんの「夏の少女」は金沢が舞台だけど、住む人がいなくなった九州の親戚宅のたたずまいを思い出した。
山田正紀さんの「ホテルでシャワーを」は東南アジアの話だけど、イースター島の空港ロビーで雨に降りこめられたときの匂いを思い出した。
胡桃沢耕史さんの「父ちゃんバイク」はバイクでアジアハイウェイを走破するロードノベルだけど、ペルーの田舎町で見た赤茶けた崖を思い出した。

 

 

とまあこんなふうに記憶が次々によみがえってきて、ページをめくる手を止めてぼんやりする時間が長くなり……。

 

 

ふつう「ぼんやりする」という言葉は、活気がないとか間が抜けているという意味で使われますが、今回私がぼんやりしていたあいだは脳内だけは活気づいていたはず。

 

 

傍から見たら、ぼーっとしていただけだったと思いますが。

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第52回
行っても行けなくても「旅の本」を自由に楽しもう!


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