Fenceinboston

全力応援! 40〜50代の美とからだ

Fenceinboston

全力応援! 40〜50代の美とからだ

中年男女の地味な恋愛に心を揺さぶられる…話題のロングセラー登場!

山本圭子

山本圭子

出版社勤務を経て、ライターに。『MORE』『COSMOPOLITAN』『MAQUIA』でブックスコラムを担当したのち、現在『eclat』『青春と読書』などで書評や著者インタビューを手がける。

記事一覧を見る

10連休のしわ寄せで仕事が軒並み前倒しになり、あせりまくっていたある日。
必要があって、朝倉かすみさんの『乙女の家』を再読しました。

 

 

デビュー当時から「会話が上手い!」と思っていた朝倉さんですが、これは“読んでいて楽しくなる上手さ”。ストーリーは知っていたはずなのに、ひととき現実を忘れて没頭。読み終わったときには、ちょっと気分が軽くなっていました。

 

 

キャラの濃い三世代の女(曾祖母、祖母、母)とその下に生まれたキャラの薄い(!?)女子高生が主に織りなすドラマは、ふつうの家庭とは、理想の家族とは?と考えさせられ、大満足で本を閉じた……のですが、そこで頭に浮かんだのが同じく朝倉さんの『平場の月』。

 

 

昨年末に刊行された小説で、気になりながら買うタイミングを逃していたことを思い出し、仕事が落ち着いたところで読み始めてびっくり!

 

 

なんと、まごうことなき純愛小説だったのです。しかもいい大人の。しかもすごく平凡な生活のなかで生まれた。

 

 

へそ曲がりな私はいわゆる“泣ける小説”が苦手ですが、これは“泣くしかなかった小説”。
女性が重い病にかかるというストーリーもその要因だと思いますが、やはり会話がとても自然で説得力があり、なおかつ私好みだった。

 

書評_photo

『平場の月』 朝倉かすみ 光文社 ¥1600 「平場」は普通の場という意味。若くはない元同級生同士の恋に“熱い告白”みたいなものはないが、互いをかけがえのない存在と感じ、消せない思いを抱いていることが伝わってくる。山本周五郎賞受賞作

 

 

 

絵にたとえればそれは、巧みなスケッチのよう。
個々の心情が染み入るように伝わってきて、自分も物語のなかで生きているような気持ちになりました。

 

 

物語の冒頭に主役の男女のその後が書かれている……つまりネタバレになっているので、ここでは触れませんが、その男女とは青砥健将と須藤葉子(ハコ)。ともに50歳で、久しぶりに再会した中学の同級生です。

 

 

再会の場は、病院(これがいかにも中年っぽい)。
地元の印刷会社に勤める青砥は、胃の内視鏡検査のため訪れた病院で売店に立ち寄りますが、そこでレジ係をしていたのが須藤。須藤は青砥にとって忘れられないエピソードを持つ女性で、ふたりは駅前の焼き鳥屋で会ったりするようになります。さきほど「この小説の会話が私好み」と書きましたが、ふたりが再会してすぐの場面でいえば、こういうところ。

 

 

「わたし、ここ(病院の売店)にきて、甘いものにも目覚めたんだよね」
 須藤が声をひそめたので、青砥も「そうか」と声をひそめた。
「仕事が終わって、自販機でガチャコンってミルクコーヒー買って、飲みながら家までぶらぶら歩いて帰るんだ。甘味が喉を通っていって、よそん家の洗濯物や、自分の影や、空の具合や、風の行先や、可愛いチー坊(ミルクコーヒーのボトルに描かれたイラスト)を眺めると、ちょうどよくしあわせなんだ」
 ふむ、と青砥はコーヒーのボトルを脇に置いた。(中略)
「おれも、まぁ、そんなような感じっちゃ感じだ、いま」

 

 

話をストーリーに戻すと、実は須藤もある検査を受けることになっていて、それが終わったらふたりで「何事もなくてよかった」と祝杯をあげるはずだったのに、彼女にだけ異常が。そこからいろいろなことがあり、“互助会”みたいなつきあいから恋人同士に発展していきます。

 

 

 

ところがある出来事をきっかけに、一年間距離を置くことに。その結果が冒頭につながるだけに、心をかき乱されてしまうのです。
“あのとき青砥が「一年、我慢してやる」なんて言わなければ……”と。

<前の記事

<前の記事
第52回/行っても行けなくても「旅の本」を自由に楽しもう!…

次の記事>

次の記事>
第54回/明治神宮の森は無理に造った「人工物」だった! 明治から大正に変わる時に起きた大問題を描く…

この連載の最新記事

「死ぬまで歩けるからだ」になりたいなら、まず「読む」べし!?

第55回/「死ぬまで歩けるからだ」になりたいなら、まず「読む」べし!?

明治神宮の森は無理に造った「人工物」だった! 明治から大正に変わる時に起きた大問題を描く

第54回/明治神宮の森は無理に造った「人工物」だった! 明治から大正に変わる時に起きた大問題を描く

中年男女の地味な恋愛に心を揺さぶられる…話題のロングセラー登場!

第53回/中年男女の地味な恋愛に心を揺さぶられる…話題のロングセラー登場!

この連載をもっと見る

今日の人気記事ランキング

Fenceinbostonスペシャル